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阪急宝塚線手塚治虫ラッピング電車







阪急宝塚線で手塚治虫のキャラクターのラッピング電車が走っています。ただ、列車は限られていますので、その電車に遭遇するのは稀。

毎日のように阪急電車を利用していますが、偶然ラッピング電車がきたときは、やっぱりラッキーな気持ちになります。

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宝生家の宝食なる日々 第2話(2-1)

ヒカルとメレ・ダイヤモンド



写真撮影及びデータ提供 (株)サノ・トレーディング


コンコンコン
だれもいない部屋から小気味いい音が響く。ヒカルは、メレ・ダイヤモンドをアソートするため事務所に早くから出勤している。
ヒカルは、メレ・ダイヤモンドをスコップですくい、円筒型のシーブの中に入れた。シーブの底には、小さな穴のあいた円盤型のプレートがセットされている。メレ・ダイヤモンドを篩にかけている。

コンコンコン。ヒカルは、シーブを軽く回しながらシーブの外側をピンセットで叩いて、篩を通り抜けて下に落ちるダイヤモンドがないか確認している。

「ヒカルちゃん、早いね」そこに、ジェムクラフトのオーナー社長、浅見透が部屋に入ってきた。
透がちらっと壁かけ時計を見た。まだ、8時10分だ。始業時間の9時まで50分もある。
「ヒカルちゃん、今日は、一段と早いね」新人のヒカルは、普段から始業前30分には出社している。

「だって、社長、メレ・ダイヤモンドをシーブでふるうときコンコンうるさいでしょ」




ヒカルの使っているピンセットは、チタン製。軽いので、長時間作業が続いても疲れにくい。
そのピンセットに輪ゴムをぐるぐる巻きつけている。シーブでダイヤモンドをふるいにかけるとき、シーブ本体を軽くまわしながら、ピンセットでシーブの外側をたたく。その時、カンカンと金属音が響く。その音は、甲高く部屋に響く。

輪ゴムをピンセットに巻くことによって、それが緩衝材になり、甲高い音がいくらか緩和される。

それを教わったのは、父の仁だ。実はヒカルは、大学時代、御徒町にあった仁の事務所で、父の仕事を手伝っていたのだ。

ヒカルは、シーブでメレダイヤをアソートしたあと、石数を数えている。ピンセットの先でダイヤを3ピースずつ33回数え、それに1ピースを加え、100ピースの山をソーティングパットに何個も作っている。大量のメレを数えるには、この数え方。少なければ、3ピースプラス2ピースで5ピース、それを2回で10ピース数え、10ピースの小さな塊をソーティングパットの上に作っていく。

根気がいる作業だが、これが基本。

では、ここで簡単に「メレ」について解説。
メレとは、melee[melei] confused struggle,confused crowed of peaple (開拓社 現代英英辞典より)

日本語に直すと、大渋滞、大混雑。

ジュエリー業界では、「メレー」と伸ばして発音するのが一般。ここでは、「ジュエリー用語事典」(社団法人日本ジュエリー協会 発行)表記に準ずる。

大きさは、広義では、0.3ct未満。業者間では、0.10ct未満のダイヤモンドをメレ・ダイヤモンドと言っている。理由は、0.10ctサイズを「テンパー」といって区別しているためか?
ここでは、さらりと解説するにとどめる。

ちなみに、「ジュエリー用語事典」では、「通常0.1ct以下の小粒ダイヤモンド。ルビーやエメラルドなどにも、メレ・ルビーやメレ・エメラルドのように用いられる。0.1ct以上0.25ct以下の場合にも用いることがある」とある。




無蛍光紙でできている「ダイヤモンド・カラー・グレーダー」

今、ヒカルがアソートしているのは、バンコク・メレだ。メレ・ダイヤモンドの約90%は、インドメレといわれている。メレサイズの形のいい原石は、バンコクのカッティング業者に供給されている。メレサイズの形のいい原石は少なく、そのほとんどがインドでカットされている。

メレ・ダイヤモンドの原石の良し悪しは、フルカット(ラウンドブリリアントカット)にした場合のメイク(カット)の良し悪しに直結する。

さて、専門的なお話し、これくらいにしよう。
ヒカルの数え終えたロットは、社長の浅見が甲斐貿易から仕入れたもので、すでに浅見が品質をチェックしたものだ。ダブルチェックのため、ヒカルが品質の再チェックをしている。
ヒカルは、次のロットを取り出した。次は、そう簡単にはいかない。インド・メレのロットだ。

ヒカルは、そのメレをソーティングパットにあけ、スコップで適量をすくい、紙でできた「ダイヤモンド・カラー・グレーダー」の溝にざらっと注いだ。

ダイヤモンドのカラーグレードや色石の色調を判断する「デイライト」の光のもとにそれをかざした。
ダイヤモンドのカラーグレードが落ちるものをピックアップするためだ。




豊中市曽根南町1丁目 「パン工場honohono」菓子パン

「おはようさん!」
佐々木真が元気に事務所に入ってきた。佐々木は、社長の浅見の愛弟子だ。自宅から事務所兼サロンのジェムクラフトまで自転車で通っている。日焼けした顔に白い 歯が印象的な好青年だ。

「佐々木さん、おはようございます」ヒカルも明るく返した。
ヒカルは、やり始めたインドメレのアソートをひとまず置いた。
「社長、佐々木さんも来たことだし、朝のコーヒータイムにしません?近くのhonohonoさんで、美味しいパン買ってきてますから」

「そうか、そらええね」社長の浅見はうれしそうだ。
「社長の好きなブラウニー買ってありますよ」
「パン工場 honohono」は、阪急曽根駅から歩いて約5分、豊島公園から歩いて1分ほどにある小さなベーカリーショップ。地元で評判の個性的なパン屋だ。
「わたしは、カップケーキの形した[おいもソフト]、佐々木さんは、棒状の[クリームレーズン]でいいでしょ?」

「ええよ」佐々木は、軽く答えながらコーヒーメーカーに三人分のコーヒーと水をセットしている。

「ヒカルちゃん、いつも悪いね」浅見は、ニコニコ笑っている。実は、浅見は、ここのブラウニーが大好きで、事務所の冷蔵庫に、いつも何個か貯蔵しているのだ。
「いいの、いいの、どうせお代は社長からいただくから」

「そ、そうだよね」浅見は、苦笑している。
ジェムクラフトの事務所のスタートは、9時で、併設するサロンのオープンは、10時だ。サロンのオープンまで、サロンの掃除があるが、三人でやれば30分ほどで終わる。
三人は、事務所のテーブルで、美味しいパンとコーヒーでしばしゆったりとした時間を楽しんでいる。



豊中市南桜塚にある「あけぼの学園」玄関先にて撮影


浅見透が経営する「ジェムクラフト」は、豊中市南桜塚にある。阪急曽根駅から服部緑地公園へのびるバス通り「曽根服部緑地線」を曽根駅から暫く歩くと、国道176号にあたる。この国道は、豊中市を南から北に縦断するもので、地元では略して「イナロク」とよんでいる。

その「イナロク」を越えてすぐ左側が「南桜塚」だ。ジェムクラフトは、南桜塚2丁目にある。あたりは、閑静な住宅街だ。

近くに「あけぼの学園」があり、近くを通ると園児の元気な声が漏れ聞こえてくる。国道176号沿いにあるパン食べ放題「サンマルク」や「ロイヤルホスト」があり、浅見のジェムクラフトから近く、浅見はよく利用している。

ジェムクラフトは、いわゆる「ジュエリー工房サロン」である。浅見は、15年前、自宅を改装して、1階を工房兼事務所それにサロン、2階を住居にした。

庭を半分潰し、駐輪場と車が3台置ける駐車場にした。浅見は、住居を改装するにあたり、自家用車を売り払った。自分の自動車を駐車場に置くと、お客様が置ける駐車スペースが減る。それは避けたい。かと言って、近くに自分用の駐車場を借りるとなると経費の無駄遣いとなる。

浅見は、決断し、愛車の「ホンダアコードワゴン」を中古車ディーラーに売った。もしドライブしたかったらレンタカーを借りればよい。浅見は、お客様第一主義を貫く決心をした。
ジェムクラフトは、外からみると、ちょっとシャレた一軒家にしか見えない。

「おはようございます」よく通るきれいな声だ。北条理恵が出勤してきた。時計は、9時45分をさしている。彼女は、水曜日から日曜日まで午前10時から午後7時までジェムクラフトでパートタイムで働いている。

いつも判で押したように、拘束時間の15分前に出勤してくる。北条理恵は、接客、販売のスペシャリストで、難関の「ジュエリーコーディネーター1級」に合格している。ただ、ジェムクラフトには、時給制で働いている。ジェムクラフトのオーナー浅見透は、彼女と「時給1000円」で契約している。

理恵は、月曜と火曜日、自宅マンションで「お花」を教えている。

実は、北条理恵は、ヒカルの母、宝生麗子の友人だ。麗子も理恵ももともとは、化粧品メーカーのいわゆる美容部員だったのである。麗子と理恵は、同じ会社の同期入社で、理恵は数年で会社のトップセールスになった。麗子は、ランクとしては、中の上あたりでいつもウロウロしていた。麗子は、理恵の頑張りに触発され、一時は仕事に張り切るのだが、それが長続きしなかった。

理恵は、トップセールスとして、銀座の百貨店に配属された。その百貨店は、化粧品が売れる店として有名で、各化粧品メーカーは、それぞれトップクラスの人材を配置している激戦区だ。

麗子と理恵は、銀座でよく落ち合い、仕事や会社の不満をサカナによく飲んだものだ。二人ともアルコールに強いタイプで、いくら飲んでも顔に出ない。






写真は、デイライト。撮影及び画像データ提供:(株)インタージェム


北条理恵は、毎週水曜日、サロンに出社するとエントランスに飾る花をいけるために奥の事務所にある炊事場にいって作業をする。

「おはよう、ヒカルちゃん。ジュエリーコーディネーター3級、一発合格したそうね。おめでとう」
「おはようございます。理恵さんのアドバイスがよかったからですよ。ありがとうございます」

ヒカルは、ダイヤモンド・メレのアソート作業の手をとめて、にっこり笑った。ヒカルは、今インド・メレのカラーをチェックしている。

ソーティングパットに広げたダイヤモンド・メレをスコップで適量すくい、無蛍光紙でできたダイヤモンド・カラーグレイダーの溝に注ぎ入れ、「デイライト」の光のそばに持っていく。

ピンセットでメレを溝に広げながら、色をチェックしていく。ジェムクラフトでは、メレのカラーは、カラーグレードの「H」アップを使用するのが社内基準。

この時、ダイヤモンドの鑑定機関のように、カラーグレード用のマスターストーン(付け石)は、使わない。目で覚えている「H」カラーと比較している。

デイライトは、ダイヤモンドやカラーストーンの色の判別に使用するジェムライト。自然光に近い光を発する。

ヒカルは、「H」カラーより落ちると思うメレを手際よくピンセットてつまみ、ソーティングパットの一箇所に集めていく。「H」アップのメレもひとまとめにしている。

この作業を繰り返して行なう。通常、カラーの判定は、午前中に行ったほうがいいとジュエリー業界では言われている。カラーの判定は、午前中11時ごろ北側の窓からの採光のもとでやるのが最適とされているからか?目が疲れていない午前中にやったほうが賢明なのは確か。

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宝生家の宝食なる日々 第2話(2-2)














写真撮影及びデータ提供 (株)インタージェム会長 佐藤 郁雄氏


閑話休題

〜パーセル・ペーパー用ペーパーウエイト〜

筆者が仙台のジュエリーサロン会長佐藤氏にスコップの写真提供をお願いしたところ、スコップ(ダイヤモンド・シャベル)とともに送られてきた写真のひとつに見たこともないモノが、、、。

コレは、一体なに?
疑問に思った私は、さっそく佐藤氏に電話。
佐藤さん、パーセル・ペーパーの上に乗っかっている四角いモノは一体なんですか?
あっ、アレね。佐藤氏が、スマホに耳を当てながら、少しほくそ笑んでいるように感じた。やはり、聞いてきたか、と内心ニヤリとしたと思うのは穿ちすぎか。筆者の勝手な想像。

アレは、パーセル・ペーパー用のペーパーウエイト。「Rubin&son」社の現在非売品とか。確かに、写真をルーペで拡大してみると「Rubin&son」の刻印が見える。
そういえば、スコップも通常のものと違い、形がおしゃれだ。持ち手も付いている。
いやー、珍しいものをお持ちですね、と筆者。
あれは、私の個人コレクション。収集癖が災いしてね、と佐藤氏。

ちなみに、パーセル・ペーパー用ペーパーウエイトは、パーセルがくるっと巻き戻るのを防ぐための道具。一辺の長さが約12センチ。
「Rubin&son」サイトを丹念にチェックしてみたが、写真が一枚あっただけで、販売はしていない模様。
ともかく、貴重な道具を提供していただいた佐藤氏に、感謝申し上げる。



「ヒカルちゃん、12時過ぎたから、そろそろお昼にしてくださいね」
ジェムクラフトの社長浅見透は、真剣に机に向かっている宝生ヒカルに声をかけた。

「ハイ、わかりました。このロットのアソートをやっつけたらお昼にします」
ヒカルは、呼びかけた浅見に振り返ることなく机にかじりついたまま応えた。
今、ヒカルは、メレ・ダイヤモンドのクラリティーとメイク(カット)のアソート作業に真剣だ。

ソーティングパットにほぼ半円に伸ばしたメレをピンセットで1ピースずつピックアップし、宝石用の10倍ルーペでダイヤのクラリティーとカットを検品し、基準に合わないメレをリジェクションしている。
右肘を机の角に固定。利き目の右眼近くにルーペを持っていき、薬指と中指の間にメレを挟んだところでルーペの焦点が合うようにしている。

「イチ」でダイヤをピンセットで掴み、「ニイ」でクラリティーとカットを判別、「サン」でダイヤをソーティングパットの所定の場所に置く。
ヒカルは、その作業をリズミカルにおこなっている。

このロットは、高級品の脇石に使うもので、クラリティーは、VS2-SI1まで、カットはGoodまでが合格で、その基準より落ちるメレをはじいていく。

ヒカルは、学生時代、御徒町にあった父仁(ひとし)の事務所でダイヤモンド、材料ものの色石のアソート作業のアルバイトをしていた。ヒカルのアソートは、仁仕込みだ。

ヒカルは、今インドメレの50パー(per)のロットと格闘中だ。「パー(per)」とは、ほぼ均一化の重さのメレの1カラット当たりの個数をいう業界符丁で、50パーのロットは、1ピース当たり平均0.02カラットのロットのこと。
ヒカルは、ある一定のテンポで、メレを選り分けている。ただ、少しその手がとまるときがある。ジェムクラフトの基準に合致するかリジェクションすべきか悩むピースに当たったときだ。

ヒカルは、ソーティングパットに大きく三つの円を書いている。品質上問題のないもの、落ちるもの、あともう一つは、どちらか迷うものの三つ。そこに、ルーペで検品したメレをおいて「山」を作っていく。
ボーダーラインに引っかかる石は、そのロットのアソートをやり終えた後、もう一度時間をかけて検品する。

三つに分けたほうが効率的だし、作業にテンポがでる。作業には、リズム、テンポが必要。そう教えたのは、父の仁(ひとし)。

バンコクメレは、インドメレよりかなり割高だが、上質のメレがロットで揃う。インドメレのトップクラスのロットは、バンコクものに劣らないと言われてきた。しかし、ジェムクラフトは、メレに対して妥協しない。

特に、プラチナやホワイトゴールドの製品には、色、キズ、カットの上質のメレを使う。脇石(サイドストーン)の良し悪しで、製品全体の完成度が決まるからだ。

「ヒカルちゃん、もう12時半よ」
昼休憩をなかなかとらないヒカルを心配した北条理恵が呼びにきた。





「理恵さん、やっと終わりました」
ヒカルはちょっと力なく返事をした。集中してメレのアソートしていたので、さすがに疲れたのか、両手を伸ばしながらひとつ大きく深呼吸をした。

ヒカルは、アソートしたメレ・ダイヤモンドユニパックにスコップに分けいれ、ロット番号と枝番をふっている。ジェムクラフトで使えるもの、使えないもの、そしてボーダーのものの三つだ。それぞれに仮の枝番をユニパックに書きこんだ。

この後、北条理恵がアソートの練習をするためにヒカルは三つのロットに分けている。理恵は、ジュエリーコーディネーター1級の資格をもっているが、まだまだ素材の良し悪しについては、ヒカルに及ばない。

理恵は、物事に対して貪欲だ。ただ、興味のないものには、さらりとしている。美容部員としてトップの成績をおさめてきたのも、知識や技術の習得に貪欲で、ひと一倍負けず嫌いの性格による。

ヒカルは、事務所の隣のキッチンで、ランチボックスからサンドイッチをお皿にもり、ブラックコーヒーをいれた。

「ヒカルちゃん、おもしろいサンドイッチ食べてるね」ジェムクラフトのオーナー浅見透は、のぞきこんでそう言った。
「パパが朝作ってくれたの。なんでも、大阪風たまごサンドだって」
「そうなんや。相変わらず、まめやね、奴は」

コンコン。
「よう、ここか」
「あら、パパ!」
宝生仁(ひとし)がキッチンに勢いよく入ってきた。

「11月22日、いい夫婦の企画ジュエリー、順調に進んでるか」
「ああ、おかげさんで注文をこなすのに大変やねん、猫の手も借りたいくらいや」と、浅見。
「そうか、そら良かった、良かった」

仁は、ジェムクラフトの商品企画、広報を担当している。東京で培った人脈を生かして、ダイヤモンド、色石などの調達も兼ねている。

「パパ、あのデザイン、石合わせが大変!」ヒカルがぼやく。
「いい夫婦、縁を重ねて」の企画は、円(まる)をふたつ重ねたモチーフのリング、ペンダントのジュエリーの提案。

ただ、単純にラウンドのメレ・ダイヤモンドを使わず、ペアーシェイプとマーキスのダイヤモンドがメインの材料。バリエーションとして、ルビーを使ったパターンも展開している。しかも、価格は、夫婦に引っ掛けて、すべて「22」万円に統一している。

「浅見、オレも値段に見合った材料捜すの苦労したわ、値段もこの品種だと破格のプライスになる」

第2話 終わり。

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宝生家の宝食なる日々 第1話

〜ヒカルのジュエリーコーディネーター3級合格祝〜

「ウング、ウング、プハー!、やっぱビールは、アサヒ スーパードライね」

麗子は、冷凍室でしばらく冷した陶器のビールグラスにビールを手酌でそそいでそれを一気に飲み干した。
「パパは、今日何飲んでんの?」
「サッポロ プレミアム アルコール フリー!」仁(ひとし)は、アルコールに弱く、ビール1杯で顔が真っ赤になってしまう。奈良漬けを食ってもほんのり顔が赤くなるし、お中元でいただいた「梅ゼリー」でも目のあたりが赤くなってしまう。どうやらその梅ゼリーは、梅酒ゼリーだったようだ。
「男のくせに、アルコールがだめなんて、ほんと冴えないわねえ。それはそうと、今日はヒカルがジュエリーコーディネーター3級に合格したんだから、パーとみんなで景気よくやりましょうよ」
「そうよ、そうよ、パパ。お・い・わ・い」ヒカルは、いつにもまして上機嫌だ。
「そうそう、お祝い!」




仁は、おもむろにジャケットの内ポケットからきれいにラッピングされた長方形の箱のようなものを取り出した。
「え〜パパからのプレゼント、何かしら?もしかして、万年筆?」
「ええから、開けてみ」
ヒカルは、ラッピングを丁寧にとり、それを丁寧に折り畳んだ。こういう几帳面なところは、ママゆずりだ。
化粧箱を開けると、銀色のピンセットが見えた。その横には、皮のケースに入ったものが。
「パパ、何コレ?」
「それはな、ルーペ。しかも、Rubin社のルーペや」
「パパからのおさがりのいつものルーペよりおっきくない?」
「そうや、それは、直径21ミリで、普通の18ミリよりひとまわり大きいねん。ちょっと、裏側見てみ」
ヒカルがルーペを裏返してみると、「H.H 」とイニシャルが彫ってある。銀色の真新しいルーペに、耀くようにきれいにH . H が見える。
「それは、業界でいう花文字や。パパの知ってる職人さんに特別に彫ってもろてん」
「サスガ、パパ。やる〜〜」
箱のいちばん下には、セーム皮が入っている。
「宝石商の三点セットね、パパ。ありがとう!」
仁は、鼻を思い切り膨らましていた。仁は、ドヤ顔になると決まって鼻を膨らませる癖がある。



「パパ〜、このピンセット、チョー軽いんだけど」
「それは、チタン製。何時間使っても疲れへんでぇ。それに、ダイヤモンドメレ100パー(per :1カラットの100分の1サイズを示す業界用語)に対応できるようピンセットの先は極細を選んである」

ところで、写真は、仁(ひとし)がバイヤー、ジュエリーの企画製造卸をしていたときに使っていた、ルーペ、ピンセット、セーム皮。ルーペは、Rubin 社製。使い込み過ぎて、ルーペのカバーのカシメが取れてしまっている。その右どなりが、18ミリの普通サイズの10倍光学ルーペ。ちなみに、ピンセットはチタン製。

「パパ〜、ジュエリーコーディネーター3級合格したぐらいで、そんな張り込んじゃっていいの」
妻の麗子は、ビールをゴクゴク飲みながら、チャチャ入れだ。ひとり娘のヒカルに甘、甘の仁におおいに不満だ。
「なにいうてんの、ヒカルの就職祝いも兼ねてんねん」
仁は、やいやい文句をいうな、といわんばかりにムッとした。





一瞬ムッとした仁ではあったが、ここでさらに妻の麗子につっこむのもおとなげがないし、せっかくのお祝いに水をさすこともあるまい。そう気を取り直した仁は、麗子にこう話しを投げかけた。

「ところで、ママからのお祝いは何?」
「これよ、コレ!」
麗子は、冷蔵庫から白い箱を取り出して、テーブルの上においた。目を転じると、麗子はすでにアサヒスーパードライのロング缶を2つ空にしているようだ。

「ムーランちゃんとこのプリン」
ムーランちゃんというのは、豊中市曽根南町にあるフランス洋菓子店「パティスリー J.M ムーラン」のこと。麗子は、懇意になると、なんでも「ちゃん」付けで呼ぶ。フランス人のムーランさんが経営するケーキ屋なのだが、当人は日本語がベラベラだ。聞くと、辻調(辻調理師学校)で長くフランス菓子を教えているとか。奥さんも日本人だ。
「ムーランちゃんが作るプリンは、最高!」確かにそれは、仁もヒカルも認めるところ。
しかしながら、仁はある事情からプリンが苦手になった。

仁(ひとし)がプリンが苦手になったのは、学生時代のアルバイトが原因だ。仁は、友人からバイト代がもらえたうえに「まかない」でお腹いっぱいおいしいものが食えるという誘いに乗っかって、梅田の阪急百貨店の食堂部でアルバイトをすることになった。
パーラーと大食堂の洋食部を手伝うように部長にいわれ、毎日、洗い場と簡単な仕込み補助に明け暮れることになった。その当時、パーラーのホットケーキと大食堂のカレーライスは人気メニューだった。

パーラーでは、プリンとババロアを定期的に仕込んでいた。ただ、思ったより売れ行きが芳しくなく、賞味期限ギリギリになると、残った品物は廃棄処分となる。当時地下に巨大な冷蔵庫があり、プリンとババロアの仕込み期日を各バットに張り付けていた。
パーラーの主任は、廃棄期日が近づくと、「宝生君、プリンとババロア、廃棄が近いから、処分するか、なんだったら食ってもええぞ」と声をかけてくれる。

当時、プリンといえば、結構高価で、勿論百貨店で出すプリンは本格的なものだ。ただ、いくら美味しくても、プリンを5個も10個も、ババロアを羊羮1本分も食えるものではない。
最初、「役得」とばかりに、プリンを3個から5個、ババロアを羊羮1本分を平らげていた仁も、さすがに、それが続くと辟易としてきて、ほとんど廃棄にしていた。
いくら美味しくても、プリンやババロアをお腹いっぱい食べるものではない。
それ以来、仁は、プリンとババロアは苦手になったのである。


カララ〜ン!麗子は、サイドボードから、ケンタッキーバーボン「ブライトン」を奥からひっぱり出し、冷凍庫からスーパーで買ったロックアイスをバカラのロックグラスに放り込んだ。
ブライトンは、ボトルキャップが馬のカタチをしている。麗子は、そろそろビールに飽きたらしく、アルコールをバーボンにスイッチ。
トクトクトク。麗子は、バーボンをグラスにそそぐ。バーボンは、ロックで、というのが麗子のこだわりだ。見てると、今日は最初からダブルでいくようだ。
おいおい、ハナからダブルかい!仁(ひとし)は、こころの中で、妻にツッコミをいれた。




「ところで、ヒカル、ジュエリーコーディネーター58号は読んだんか?」
「え〜、パパ、ヒカルは、4月からジェム クラフトさんでお勤めしてるの。新人だし、右も左もわからず、たいへ〜んなんだから!」

「そ、そ、そやったな。時間のあるときに読んどきや!特に、部会長佐藤さんの部会長からの手紙、2007年から2012年までのジュエリーコーディネーターの主な活動について書いてあるから、読んどき」

「え〜、今時間あるから、パパがかいつまんで要約してよ!」
なんで、オレが、と思うのだが、仁は、説明しだした。

仁は、ヒカルに説明するため書棚にある「ジュエリーコーディネーター2012 58号」を抜き出した。折り目がついた「部会長からの手紙 三位一体の協力体制の中から」のページを開いた。仁は、学生時代からのクセで、本や雑誌の重要と思われるページに折り目を付けている。さらに、文章にアンダーラインを入れるのが彼の読書の慣わしだ。
「そしたら、簡単に内容を説明するから、ヒカル、よ〜聞いときや!」

ちょ、ちょっと待った〜!仁に喋らせると、ベタベタの大阪弁になる。ここは、作者の私が標準語に翻訳?することにする。

2007年、ジュエリーコーディネーターの認知度を上げる課題に取り組む。同年12月、第16回JC3級資格試験告知案内を業界紙を始め、朝日新聞全国版にも掲載し、消費者へジュエリーコーディネーターをアピール。

2008年、山口遼氏による「近世ジュエリー史」連載。1級受験者対象の「接客セミナー」開催。株式会社ミキモト装身具の工場見学会を実施。

2009年、ジュエリーコーディネーターの新しいデザインのバッチ誕生。平成22年に実施される国勢調査に「ジュエリーコーディネーターを職業分類で認証させるキャンペーン」を開始。

2010年、JJA会館で、「JJA主催セミナーシリーズ」として、多岐に渡った内容のセミナー実施。

2011年、検定試験問題集(過去問)をJJAから発行。52号に「簡単なルーペとツイザーの使い方」掲載。54号から、露木宏氏の書き下ろし連載「近世日本の宝飾文化史」連載開始。螺鈿蒔絵ジュエリー作家永坂景子氏の工房見学、蒔絵制作体験セミナー開催。

2012年、ピクウェ・ジュエリーを復活させた宝飾工芸師塩島敏彦氏の工房見学実施。
「ざっと、こんなところや、あ〜しんど」




カラン、カラン。仁の長々とした説明に飽きた麗子は、ロックグラスの氷をクルクルと回した。
「さっ、そんな小難しいお話しはこれくらいにして、デザートにしようよ」
「そうね、そうね」

ヒカルもママの意見に大賛成のようだ。必死で要点をかいつまんで説明していた仁は、ちょっと拍子抜けした表情をみせたが、すぐに気を取り直して女性ふたりに合わせることにした。
「ママがチョイスしたの。ママは、とりあえずサバランをもらうわ。ヒカルは、モンブラン。パパは、アップルパイでよかったわね」

麗子は、二人の好みに合わせ、近くの「パティスリーJMムーラン」でケーキを買っていた。

「パパ〜!ヒカルにロイヤルミルクティー入れてくれる」
「ハイハイ、わかった」
「わたしは、カフェロワイヤルね、ヨ・ロ・シ・ク!」すっかり酔っぱらってしまった麗子は、ここぞとばかり娘のヒカルに乗っかった。

「パパは、ホントに、コーヒー、紅茶をいれるのうまいわネ」
「せやろ、せやろ、年季入ってるからな」仁は、娘に褒められてまんざらでもない様子だ。
「学生時代、阪急のパーラーと大食堂でバイトでしてたからな」
仁は、阪急百貨店のパーラーと大食堂の掛け持ちのアルバイトを大学生のころ3年間していたので、コーヒー、紅茶のいれかたは、プロ並みと自負している。

仁は、自分用のブラックコーヒーとロイヤルミルクティー、カフェロワイヤルを慣れた手つきでささっと作った。
「さあ、美味しいケーキとコーヒーで、ヒカルのお祝いは、お開きにしよう」

第一話、終わり。

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晩秋の服部緑地三景












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宝生家の宝食なる日々〜第3話 (3-34)仁と透とダイヤモンド

確かに、ハートとアローが見えることは、そのダイヤモンドのひとつの個性である。

ダイヤモンドの販売は、4C +P。Pは、personality。respect each diamond ’s personality ひとつひとつのダイヤモンドの個性を語れてこそプロ。

仁は、ダイヤモンドの販売に関してそう考えてこれまで実践してきたし、ジェムクラフトのメンバーにもそう指導してきた。しかし、ある時期、日本のブライダルダイヤモンドのほとんどと言っていいほどハートとアローが見えるダイヤモンドになってしまっていた。もちろん、海外ブランドジュエリーショップではそういうことはなかった。

海外ダイヤモンドディーラーたちは、日本のバイヤーがハートやアローが見えるエクセレントカットしか買わなくなってしまった日本の特異性に対し驚きを隠せなかった。日本のバブル崩壊後、安価なダイヤモンドしか売れないという百貨店、チェーン店側の意向に沿い、SI-Iクラスのロークラリティーのダイヤモンドばかりを買っていたのに、今度はVS-Hup、Excellentばかりを買っていくからである。極端から極端に振り子が大きくふれるがごとく購入するダイヤモンドの品質が変わってしまっていた。

ちなみに、「ハート&アロー」は、社団法人日本ジュエリー協会発行「ジュエリー用語事典」によると
「ブリリアント・カットのダイヤモンドのパビリオン側から見えるハートマークとテーブル側から見えるアローマーク。プロモーションとシンメトリーの優れたカットに見える。ハート・アンド・アローは商法登録となっているので、一般にはハート・アンド・キューピッド(H&C)と表示される」とある。

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池田五月山にて












昨日、自転車で池田五月山にある動物園までいき、そこから徒歩で展望台まで登りました。階段状に整備された道でしたが頂上まで結構きつい坂になっていました。

ちょっとした山登り気分に浸れ、上からの眺望も満喫できました。

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宝生家の宝食なる日々〜第3話 (3-33)仁と透とダイヤモンド

トリプルエクセレント(カットの総合評価、ポリッシュ、シンメトリー共にエクセレント)であってもハートとアローが全て見えるわけではないわけで、それが問題であり、消費者に対する混乱を招くことを誘発する。

そこで、トリプルエクセレントでしかもハートとアローが見えるブリリアントカットのダイヤモンドが4C評価のカットで最高なんだと主張し、それだけを扱うダイヤモンドディーラーが現れるに至るのだ。

そもそもダイヤモンドの重量を表す、carat以外は、グレイダーの評価次第でワングレード違ってくるボーダーのダイヤモンドがある。カラーは、マスターストーンとの比較でグレイダーが目視で決めるものであり、クラリティーも内包物の内容、大きさ、位置によって評価が違ってくる。

カットにしてもシンメトリーやガードル厚さなどの減点対象にグレイダーの意見が割れる場合がある。ただ、近年、GIAのコンピューター評価システムが確立しているので、そのシステムを導入している鑑別・鑑定機関であれば、評価のばらつきは、ほとんどないはずだ。

長年ダイヤモンドに関わってきた、仁や透にとって、ダイヤモンドの反射面でハートやアローが見えたからといって、「それがどやねん」と思うところだ。

シンメトリーがよく、トルコウスキーの理想的カットに近く、ある一定のバランスであれば、ハートとアローが見えるブリリアントカットダイヤモンドになる。

販売プロモーションのひとつとしては「おもしろい」手法かもしれない。

続く。

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宝生家の宝食なる日々〜第3話 (3-32)仁と透とダイヤモンド







写真は、ダイヤモンドの反射面でハートとアロー(矢)の形が見える簡易スコープ

理恵は、仁から「ハートとアロー(矢)が見えるスコープ」をもらった。

「もう使うこともないやろから、理恵ちゃんにあげるわ。お客さんとの話しのネタのひとつになるやろ」

使い方も仁から教わっている。ストローを小さく短く切り、その上にダイヤモンドをフェイスダウン、フェイスアップの状態で乗っける。その上からスコープを被せて上部の丸い窓から覗くのだ。若干の工夫はいるが、青いフィルムに反射してエクセレントカットと一部のベリーグッドのラウンドブリリアントカットのダイヤモンドが角ばったハートとアローが見える。




b-jewelry.net から引用

続く。

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晩秋の草原とジェット




伊丹空港近く豊中市千里川堤防にて。

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