« 晩秋の服部緑地三景 | トップページ | 宝生家の宝食なる日々 第2話(2-2) »

宝生家の宝食なる日々 第1話

〜ヒカルのジュエリーコーディネーター3級合格祝〜

「ウング、ウング、プハー!、やっぱビールは、アサヒ スーパードライね」

麗子は、冷凍室でしばらく冷した陶器のビールグラスにビールを手酌でそそいでそれを一気に飲み干した。
「パパは、今日何飲んでんの?」
「サッポロ プレミアム アルコール フリー!」仁(ひとし)は、アルコールに弱く、ビール1杯で顔が真っ赤になってしまう。奈良漬けを食ってもほんのり顔が赤くなるし、お中元でいただいた「梅ゼリー」でも目のあたりが赤くなってしまう。どうやらその梅ゼリーは、梅酒ゼリーだったようだ。
「男のくせに、アルコールがだめなんて、ほんと冴えないわねえ。それはそうと、今日はヒカルがジュエリーコーディネーター3級に合格したんだから、パーとみんなで景気よくやりましょうよ」
「そうよ、そうよ、パパ。お・い・わ・い」ヒカルは、いつにもまして上機嫌だ。
「そうそう、お祝い!」




仁は、おもむろにジャケットの内ポケットからきれいにラッピングされた長方形の箱のようなものを取り出した。
「え〜パパからのプレゼント、何かしら?もしかして、万年筆?」
「ええから、開けてみ」
ヒカルは、ラッピングを丁寧にとり、それを丁寧に折り畳んだ。こういう几帳面なところは、ママゆずりだ。
化粧箱を開けると、銀色のピンセットが見えた。その横には、皮のケースに入ったものが。
「パパ、何コレ?」
「それはな、ルーペ。しかも、Rubin社のルーペや」
「パパからのおさがりのいつものルーペよりおっきくない?」
「そうや、それは、直径21ミリで、普通の18ミリよりひとまわり大きいねん。ちょっと、裏側見てみ」
ヒカルがルーペを裏返してみると、「H.H 」とイニシャルが彫ってある。銀色の真新しいルーペに、耀くようにきれいにH . H が見える。
「それは、業界でいう花文字や。パパの知ってる職人さんに特別に彫ってもろてん」
「サスガ、パパ。やる〜〜」
箱のいちばん下には、セーム皮が入っている。
「宝石商の三点セットね、パパ。ありがとう!」
仁は、鼻を思い切り膨らましていた。仁は、ドヤ顔になると決まって鼻を膨らませる癖がある。



「パパ〜、このピンセット、チョー軽いんだけど」
「それは、チタン製。何時間使っても疲れへんでぇ。それに、ダイヤモンドメレ100パー(per :1カラットの100分の1サイズを示す業界用語)に対応できるようピンセットの先は極細を選んである」

ところで、写真は、仁(ひとし)がバイヤー、ジュエリーの企画製造卸をしていたときに使っていた、ルーペ、ピンセット、セーム皮。ルーペは、Rubin 社製。使い込み過ぎて、ルーペのカバーのカシメが取れてしまっている。その右どなりが、18ミリの普通サイズの10倍光学ルーペ。ちなみに、ピンセットはチタン製。

「パパ〜、ジュエリーコーディネーター3級合格したぐらいで、そんな張り込んじゃっていいの」
妻の麗子は、ビールをゴクゴク飲みながら、チャチャ入れだ。ひとり娘のヒカルに甘、甘の仁におおいに不満だ。
「なにいうてんの、ヒカルの就職祝いも兼ねてんねん」
仁は、やいやい文句をいうな、といわんばかりにムッとした。





一瞬ムッとした仁ではあったが、ここでさらに妻の麗子につっこむのもおとなげがないし、せっかくのお祝いに水をさすこともあるまい。そう気を取り直した仁は、麗子にこう話しを投げかけた。

「ところで、ママからのお祝いは何?」
「これよ、コレ!」
麗子は、冷蔵庫から白い箱を取り出して、テーブルの上においた。目を転じると、麗子はすでにアサヒスーパードライのロング缶を2つ空にしているようだ。

「ムーランちゃんとこのプリン」
ムーランちゃんというのは、豊中市曽根南町にあるフランス洋菓子店「パティスリー J.M ムーラン」のこと。麗子は、懇意になると、なんでも「ちゃん」付けで呼ぶ。フランス人のムーランさんが経営するケーキ屋なのだが、当人は日本語がベラベラだ。聞くと、辻調(辻調理師学校)で長くフランス菓子を教えているとか。奥さんも日本人だ。
「ムーランちゃんが作るプリンは、最高!」確かにそれは、仁もヒカルも認めるところ。
しかしながら、仁はある事情からプリンが苦手になった。

仁(ひとし)がプリンが苦手になったのは、学生時代のアルバイトが原因だ。仁は、友人からバイト代がもらえたうえに「まかない」でお腹いっぱいおいしいものが食えるという誘いに乗っかって、梅田の阪急百貨店の食堂部でアルバイトをすることになった。
パーラーと大食堂の洋食部を手伝うように部長にいわれ、毎日、洗い場と簡単な仕込み補助に明け暮れることになった。その当時、パーラーのホットケーキと大食堂のカレーライスは人気メニューだった。

パーラーでは、プリンとババロアを定期的に仕込んでいた。ただ、思ったより売れ行きが芳しくなく、賞味期限ギリギリになると、残った品物は廃棄処分となる。当時地下に巨大な冷蔵庫があり、プリンとババロアの仕込み期日を各バットに張り付けていた。
パーラーの主任は、廃棄期日が近づくと、「宝生君、プリンとババロア、廃棄が近いから、処分するか、なんだったら食ってもええぞ」と声をかけてくれる。

当時、プリンといえば、結構高価で、勿論百貨店で出すプリンは本格的なものだ。ただ、いくら美味しくても、プリンを5個も10個も、ババロアを羊羮1本分も食えるものではない。
最初、「役得」とばかりに、プリンを3個から5個、ババロアを羊羮1本分を平らげていた仁も、さすがに、それが続くと辟易としてきて、ほとんど廃棄にしていた。
いくら美味しくても、プリンやババロアをお腹いっぱい食べるものではない。
それ以来、仁は、プリンとババロアは苦手になったのである。


カララ〜ン!麗子は、サイドボードから、ケンタッキーバーボン「ブライトン」を奥からひっぱり出し、冷凍庫からスーパーで買ったロックアイスをバカラのロックグラスに放り込んだ。
ブライトンは、ボトルキャップが馬のカタチをしている。麗子は、そろそろビールに飽きたらしく、アルコールをバーボンにスイッチ。
トクトクトク。麗子は、バーボンをグラスにそそぐ。バーボンは、ロックで、というのが麗子のこだわりだ。見てると、今日は最初からダブルでいくようだ。
おいおい、ハナからダブルかい!仁(ひとし)は、こころの中で、妻にツッコミをいれた。




「ところで、ヒカル、ジュエリーコーディネーター58号は読んだんか?」
「え〜、パパ、ヒカルは、4月からジェム クラフトさんでお勤めしてるの。新人だし、右も左もわからず、たいへ〜んなんだから!」

「そ、そ、そやったな。時間のあるときに読んどきや!特に、部会長佐藤さんの部会長からの手紙、2007年から2012年までのジュエリーコーディネーターの主な活動について書いてあるから、読んどき」

「え〜、今時間あるから、パパがかいつまんで要約してよ!」
なんで、オレが、と思うのだが、仁は、説明しだした。

仁は、ヒカルに説明するため書棚にある「ジュエリーコーディネーター2012 58号」を抜き出した。折り目がついた「部会長からの手紙 三位一体の協力体制の中から」のページを開いた。仁は、学生時代からのクセで、本や雑誌の重要と思われるページに折り目を付けている。さらに、文章にアンダーラインを入れるのが彼の読書の慣わしだ。
「そしたら、簡単に内容を説明するから、ヒカル、よ〜聞いときや!」

ちょ、ちょっと待った〜!仁に喋らせると、ベタベタの大阪弁になる。ここは、作者の私が標準語に翻訳?することにする。

2007年、ジュエリーコーディネーターの認知度を上げる課題に取り組む。同年12月、第16回JC3級資格試験告知案内を業界紙を始め、朝日新聞全国版にも掲載し、消費者へジュエリーコーディネーターをアピール。

2008年、山口遼氏による「近世ジュエリー史」連載。1級受験者対象の「接客セミナー」開催。株式会社ミキモト装身具の工場見学会を実施。

2009年、ジュエリーコーディネーターの新しいデザインのバッチ誕生。平成22年に実施される国勢調査に「ジュエリーコーディネーターを職業分類で認証させるキャンペーン」を開始。

2010年、JJA会館で、「JJA主催セミナーシリーズ」として、多岐に渡った内容のセミナー実施。

2011年、検定試験問題集(過去問)をJJAから発行。52号に「簡単なルーペとツイザーの使い方」掲載。54号から、露木宏氏の書き下ろし連載「近世日本の宝飾文化史」連載開始。螺鈿蒔絵ジュエリー作家永坂景子氏の工房見学、蒔絵制作体験セミナー開催。

2012年、ピクウェ・ジュエリーを復活させた宝飾工芸師塩島敏彦氏の工房見学実施。
「ざっと、こんなところや、あ〜しんど」




カラン、カラン。仁の長々とした説明に飽きた麗子は、ロックグラスの氷をクルクルと回した。
「さっ、そんな小難しいお話しはこれくらいにして、デザートにしようよ」
「そうね、そうね」

ヒカルもママの意見に大賛成のようだ。必死で要点をかいつまんで説明していた仁は、ちょっと拍子抜けした表情をみせたが、すぐに気を取り直して女性ふたりに合わせることにした。
「ママがチョイスしたの。ママは、とりあえずサバランをもらうわ。ヒカルは、モンブラン。パパは、アップルパイでよかったわね」

麗子は、二人の好みに合わせ、近くの「パティスリーJMムーラン」でケーキを買っていた。

「パパ〜!ヒカルにロイヤルミルクティー入れてくれる」
「ハイハイ、わかった」
「わたしは、カフェロワイヤルね、ヨ・ロ・シ・ク!」すっかり酔っぱらってしまった麗子は、ここぞとばかり娘のヒカルに乗っかった。

「パパは、ホントに、コーヒー、紅茶をいれるのうまいわネ」
「せやろ、せやろ、年季入ってるからな」仁は、娘に褒められてまんざらでもない様子だ。
「学生時代、阪急のパーラーと大食堂でバイトでしてたからな」
仁は、阪急百貨店のパーラーと大食堂の掛け持ちのアルバイトを大学生のころ3年間していたので、コーヒー、紅茶のいれかたは、プロ並みと自負している。

仁は、自分用のブラックコーヒーとロイヤルミルクティー、カフェロワイヤルを慣れた手つきでささっと作った。
「さあ、美味しいケーキとコーヒーで、ヒカルのお祝いは、お開きにしよう」

第一話、終わり。

|

« 晩秋の服部緑地三景 | トップページ | 宝生家の宝食なる日々 第2話(2-2) »

宝生家の宝食なる日々 第1話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 晩秋の服部緑地三景 | トップページ | 宝生家の宝食なる日々 第2話(2-2) »