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宝生家の宝食なる日々〜第3話 (3-1)仁と透とダイヤモンド

宝生仁(ひとし)の突然の訪問によりジェムクラフトのメンバーによるミーティングが始まった。

メンバーは、宝生仁、仁の一人娘ヒカル、オーナーの浅見透、デザイン・原型制作など浅見とともにジュエリー製作担当佐々木真一、ジュエリーコーディネーター1級の北条理恵だ。

仁と透は、共に宝飾業界の二代目どうし。仁の父宝生正と透の父浅見健は、仕事仲間だった。もともと浅見は、今の阪急宝塚線「服部天神」駅から歩いて7、8分の一軒家に住んでいた。余談ではあるが、最近駅名が、「服部」から「服部天神」に変わったばかりだ。

宝生家は、大阪阿倍野に住んでいたのだが、「ある事情」で服部に引っ越してきた。昭和33年の秋のことである。仁は、当時3歳になったばかり。彼の記憶は、引っ越してきた服部のススキが広がる風景から始まっている。

当時の服部は、牛が田畑を耕すような田園風景が広がっていた。

仁は、大阪市内の賑やかな街からずいぶん田舎に引っ越してきたものだと強く印象を持ったのであろう。

仁と透は、同い年で小学生のときの同級生だ。ただ、ふたりは同じクラスになることはなく、小学3年のとき浅見家が豊中の南桜塚に引っ越してしまった。ただ、親同士が仕事仲間だったので、仁と透は、よく学校がえりによく遊んだ間柄だった。

続く。

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